2008年8月16日

まったく宗教的な話ではなくてw

自分の中に絶対的な神が出来たとする。


その神を超える存在が現れない限り、
永遠に信仰は続いていく。

神を超える存在とは、新たな神の存在か。
それとも新たな指導者なのかはわからない。

違いは偶像か実像かという事。


実像を超える存在はいるかもしれないが、
偶像を超える存在というのはいるのだろうか?


最初は心の支え程度のものが、
最後は本当の神にまでなってしまい、
自分の中の絶対的な基準になる。


もし自分の神を超える存在に出会う事が出来たとしても、
それを認識する事は可能なのだろうか?

人間は自分の中の神を超える存在を認める事が出来るのか?


神の存在はどんどん美化され、
どんな愚行も全てが肯定されてしまい、
時間が経てば経つほど存在は大きくなる。


この神から解放されるにはどうすればいい?


自分自身が強くなるしかないのか?

強くなればなるほど自分だけになってしまい、
最後は自分自身が神になってしまうのなら、
それはただの孤独でしかないのだろうか?


神と自分の世界。
それとも自分だけの世界。


神を超える存在が現れなければ、
一生この神が自分を支配する。

神の存在を認めて、
その上で新たな指導者を認めたら?


生涯その指導者のもとにいたとしても、
永遠に自分の神を超えることなく、
日々、神よりも下の存在として接することになるのだろうか。

それでその指導者はいいのか?
それで自分はいいのか?

それとも長い時間その指導者のもとにいれば、
自分の中の神を超える存在になるのだろうか?


一番いいのは、自分の中を超える指導者が出現する事。

だが恐らくそんな存在が現れる事はないのだろう。

神を超える人間なんて存在しないのだから。


神は、既に存在していないからこそ、絶対的なものとなる。

死ぬまで神の存在に支配されるしかない現実に絶望する。

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